滞在記 1
  
 滞在記

ハワイ ワイキキ 2010/02/01〜03/04


2月01日 ホノルルへ出発
雨が降って寒い。小雨になったのを見計らって、まだ早いが家を出た。
関西空港に18時過ぎに着いた。時間はたっぷりあるので夕食を取った。
   関空出発フロア


19時ごろ、出発フロアーに上がったところ、薄暗い。こんな寂しい関空を見たのは始めてである。
関西空港の夜便に乗るは久しく無かったので比較出来ないが、これは寂し過ぎる。
JALが出発フロアの半分を占めるが、ほとんどのチェックインカウンターの照明が消え、ホノルル行きなどのカウンターが開いているだけである。

ハワイに行くのにスーツケースをコロコロ転がして行こうかとも考えたが、いつもの慣れているバックパックを担いで来た。
JALカウンターでチェックインし、そのバックパックを預けた。
手荷物検査に並んでいる時、パスポートを床に落とし気付かずにいると係員に指摘された。
大事なパスポートを紛失するところだった。
ラウンジ金剛で1時間ほど時間を潰し、ゲートに向かった。
ゲートの待合所に入るのに、また手荷物検査とボディチェックがあった、米国行きはセキュリティが厳しい様だ。
並んでいると「ボールペンを落としましたよ!」と手渡された。
先ほどはパスポート、今度はボールペン、私はいったい何をしてるんだと落ち込んでしまった。
ジャンボ機JO078は、21時25分にゲートを離れた。
スリッパが付いていたのでテニスシューズを脱いで履き替えた、これは良い、リラックス出来る。

機内放送でスチュアーデスのおかしな発音の日本語が聞こえて来た。
これが噂で聞いた、「キャビンアテンダントがおかしな発音の日本語で機内放送し、機長までおかしな日本語を話す、これがほんとに日本の航空会社か?」である様だ。
機長からは、まともな日本語が聞こえて来た。
私の経験では、外国の航空会社の日本発着便は、日本人スチュアーデスが乗っている事が多く、逆にまともな日本語の機内放送が聞ける。

食事が配られ、デザートは堂島ロールのロールケーキであった。人気のあるロールケーキをはじめて食べたが甘さ控えめで美味しかった。
そのロールケーキに抽選券が付いていて、大当たりであった。景品はロクシタンのシャンプー、コンデショナー&化粧石鹸のミニセットであった。
今日は、パスポートは落とすは、ボールペンも落とすはで、今回の旅行がどうなるか不安であったが、当たりを引いたのでもう大丈夫だろう!!

海外旅行50回目を記念して憧れのハワイに1ヶ月間滞在する事にした。
さて楽しい滞在になるか。

2月01日 ワイキキ 1日目
機内のあかりがつけられ、目が覚めた。4時間ほど眠った様だ。
トイレから戻る時、窓を覗くと島が見えた。何と言う島だろうか?
ホノルルにもうすぐ着きそうだ。
カメラを取りに席に戻った。


ホノルル国際空港に9:10(日本時間2/2 4:10)着陸した。
工事中のターミナル内を長く歩き、イミグレーションに着いた。
長い列に並んだ。前に並んでいた韓国人グループの順番になり入国審査へ、しかし、すぐに戻って来た。
入出国カードを書いていなかった様だ。隣の列にも同様な韓国人グループがいて総勢20人ほどで混乱した。
審査官が隣の列の人を呼んでいるがその韓国人グループが邪魔になって前に進めない。
私の順番になったので、その後、混乱がどうなったのか分からない。

バックパックをピックアップして、外に出た。正月、レポーターが芸能人にインタビューするのはこの当たりかと思いながら2階への階段を探した。
2階に路線バスのバス停があるので向かった。
ホノルル空港からワイキキまで、タクシーでUS$40、シャトルバスでUS$9、路線バスUS$2.25である。
私は、1人でもあるので当然路線バスを選択した。
2階出発ロビーの前の中央分離帯にバス停があった。
   出発ロビー(バス停より)


路線バスは、TheBusと言ってオアフ島全島をカバーしており、大変便利そうです。
ただし、荷物は膝の上に載る程度の大きさでなければ乗車出来ない、ゴルフバックやスーツケースでは乗車出来ないそうです。
15分待つとTheBusが来た、US$1札を2枚を通し、25セント硬貨を入れると運転手が乗継券を呉れた。
チャイナタウン、アラモアナS.C.(アラモアナ・ショッピング・センター)を経由して、ワイキキのクヒオ通りにバスは入って行った。
Googleマップでは、どこで下車すれば最も近いか分かっているが、実際は当然分からず、動物園前&ビーチまで行って降りた。
バス停から300mほどで今回宿泊するエバ・ホテル・ワイキキ(Ewa Hotel Waikiki)に着いた。
空港からバスで約1時間、エバ・ホテル・ワイキキに着いた。
   右サイドの7階建てビルがエバ・ホテル・ワイキキ


ホテルのチェックインタイムが14時の為、チェックイン出来なかった。予測はしていたがやはり残念!! 荷物を預けた。
フロントの人は、70歳ほどの女性で普通の日本語を話す、まったくの日本人で日系2世や3世という感じはしなかった。このホテルのフロントはすべての人が日本語が話せるらしい。
今11時20分で、2時間半、時間を潰さなければならない。 TheBusのマンスリー・パスを手に入れる為、アクア・ワイキキ・ウェーブに向かった。ここにマンスリー・パスの販売所の1つであるセブンイレブンがある。
カラカウア通り(ワイキキ・ビーチに面したメイン・ストリート)を歩いた。
日本人の多さに驚いた。ここは日本か?日本にしては 外人が多いな!!と思うほどに日本人が多い。
日本から海外現地空港に着くまで大勢の日本人と一緒であるが、空港を出てから日本人に合う事は少ない、これまでの私の海外旅行はそうであった。
今回もカラカウア通りを歩くまではそうであったが、この日本人の多さに驚きを感じた。日本人にとってハワイは、断トツの人気なのだろう。
10数年前泊まったワイキキ・ビーチコマの裏にセブンイレブンが入っているアクア・ワイキキ・ウェーブがあり行って見たがセブンイレブンが見付からなかった。
店が無くなったのか、見付からなかったの良く分からないが、探してあちこち歩き回っているとフードコートがあった。
各国の料理が安い値段で食べられる、当然日本食もある。昼時なのに客が少ない。
フードコートから海側に行くと巨大な木の周りに屋台タイプのアクセサリーや小物の店が並ぶインターナショナル・マーケット・プレイスがあった。
まだ、13時だ、チェックインタイムまで1時間あるので、ABCストアーでサンドイッチ+水 US$3.81(352円)を買い、ビーチで海を眺めながら食べた。
食欲が無いがビールを飲みたかった。しかし、米国では屋外での飲酒は駄目な様で残念だ。

13:30ホテルに戻り、フロントのソファーで休憩していると、シングルの禁煙部屋では駄目かと言われた。
ツインの禁煙部屋を予約しており、シングル部屋は狭そうで断わった。
1泊だけペントハウスに宿泊してくれと頼まれ諒承した。
フロントで言われた通りエレベーターを7階で降り階段を上がった、そこはリクライニングチェアーが並ぶ屋上であった。
ペントハウスと言っても、屋上に建て増しした様な感じのシングル5部屋ほどであった。
奥の角部屋で、いたってまともな部屋であった。荷物を解き、短パンと半そでに着替えた。

2時間ほど寝てしまい、夕方目覚めた。いくらでも寝てしまいそうであるが、時差ボケ解消の為にもベッドから起きた。
カピオラニ公園を散策しようとホテルを出た。
半ズボン&半袖で体が軽く感じ、暖かい空気に素肌が触る、寒い日本から常夏のハワイに着いた実感が湧いてくる。
ホテルから400mでビーチがあり、カピオラニ・ビーチ・パークとなる。
ビーチ沿いに歩き、ワイキキ・ビーチ越しにロイヤル・ハワイアン(Royal Hawaiian)が見える。
ワイキキだ−−!!
   ピンクパレス(ロイヤル・ハワイアン) 写真拡大


ビーチから離れ、道路を挟んでカピオラニ公園がある。
ジョギング&ウォーキングコースが公園外周にあり、夕方、この時間帯は多くの人々が利用していた。
カピオラニ・テニスコートがあり、そこから公園越しにダイヤモンド・ヘッドが綺麗に見える。
   カピオラニ公園の芝生&ダイヤモンド・ヘッド


ジョギングコースを歩いた、噴水を過ぎ更に公園の南端へ、そこから北上し、ダイヤモンド・ヘッド・テニスセンターがあり、更に北上した。
広い芝生の公園も交差点で終わりであった。更に北上すると、臭ってきた、動物園の横を歩いている様だ。

1時間半も歩いてしまった。日が暮れかけていた。
ホテルへの帰りにABCストアで缶ビール6缶US$7.91(730円)+ハンバーガーUS$5.83(539円)を買ってホテルに戻った。
屋上からビルの間に夕日が沈んだのが見えた。水平線上が紅く染まって綺麗であった。
パソコンを取り出し、無線LANに接続した、Shaka Netのページが開き、注意事項???があり、最後に承諾のクリックをすると、インターネットに繋がった。
エバ・ホテル・ワイキキに決めた理由は、宿泊費がリーズナブルであるのと無線LANが無料である事であった。
インターネットでニュースを読んでいると眠くなったので寝た。
20時ごろ寝て、24時ごろ目覚めた。
それ以後、眠れず。
時差に慣れるのに時間が掛かりそうである。
5日間程度の滞在であれば、日本時間で過ごすのだが!
  今回は、そうもいかない。

2月02日 ワイキキ 2日目
昨夜、時差ぼけで眠れず、朝5時近くまで小説を読んでいた。
10時前、起床。
天気が悪く、雨が降っている。
フロントから電話で、いつでも部屋を移れるとの連絡が入った。
昨日、ツインルームに空きが無かったので1泊だけシングルルームに泊まっていたのだ。
荷物をまとめ、フロントに行き、新しくキーを貰た。
4階の中ほどの部屋であった。
狭いベッドが2台とソファーのあるツインルームで、ラナイ(バルコニ)もある。しかし、冷蔵庫がない!
  予約したツインルームより広い、3人は泊まれる、また、ラナイまである。予約したグレードの部屋よりグレードの高い部屋であった。


13時頃雨が上がったので昼食に出た。
短パン&半袖では寒かった。この寒さは何だろう?
カラカウア通りのマクドナルドでBig Mac+コーヒーUS$5.12(473円)を食べた。
その後、カラカウア通りをぶらぶらした。
緑が少なくなり、歩道の幅が2倍になった様に感じた。
10数年前は、ホテルや店舗の前に植込みがあり、植込み越しに歩道からホテルや店舗が見え、庭園の中のカラカウア通りであった様に思う。
それが、植込みが無くなり、そこに歩道のタイルが張られ、タバコの吸殻が落ちていたりして汚い。
庭園の中のカラカウア通りはどこへ行った!!!
初訪ワイキキから10数年が経ち、その間に綺麗なワイキキのイメージを膨らませ過ぎたのか??
ぶらぶら歩きは腰が痛くなる。だからウインドショッピングは嫌いである。
2時間ほどでホテルに戻った。

夕方、アラモアナ・ショッピング・センター(アラモアナS.C.)に行くべくホテルを出た。
TheBusのマンスリー・パス購入と夕食の為である。
ホテルから200mほどのところにトロリー乗り場がある。
JCBカードを見せて乗れる無料のトロリーがあるので、それを待った。それがなかなか来ない。
HISやJALパックのロゴがあるトロリーはよく来るがJCB会員無料と書いたトロリーが来ない。
アメリカ人老夫婦は、トロリーが来る度に乗ろうとするが断わられている、現金で乗ろうとしている様だ。何故、拒否されているのだろうか?
事前にパスを買わなければならないのか?? 気の毒になってきた。
40分ほど待たされた。大勢が根気欲待っていたので私も待つ事が出来た。老夫婦も乗る事が出来た。
15分ほどでアラモアナS.C.に着いた、アラモアナS.C.のどこに着いたのか分からない、大きな駐車場であった。

TheBusのマンスリー・パス(Monthly Pass)の販売所は、アラモアナS.C.には、Satellite City HallとFoodland Stores とがある。ホテルを出る前に、インターネットで検索して調べてきた。
店舗mapのある案内板を探し、まず、Satellite City Hall(市役所出張所)の場所を調べて行った。
しかし、Satellite City Hallは、すでに閉まっていた。Open 9:00 a.m. 〜 5:00 p.m。
  日本人夫婦が居たので「もう閉まっていますね!」と話し掛けた。
TheBusのマンスリー・パスですか?と言われ、彼らは、シニア・マンスリー・パスを購入に来たが閉まっていたとの事。
シニア・マンスリー・パスは、アラモアナS.C.内では、ここSatellite City Hallでしか購入出来ないそうで、どうし様か思案されているところであった。
Foodland Storesでもマンスリー・パスが買えるので、そちらに行くと話すと、スーパーマーケットですよと教えてくれた。そんな所で売っているのか?というニュアンスであった。
場所を聞いたが、広いアラモアナS.C.内、覚えていない様で、私は案内板まで戻り、Foodland Storesの場所を確認して向かった。
Foodland storesとは、食料品のスーパーマーケットであった。間口が狭いのでレジが縦に並んでいて、レジでマンスリー・パスを売っているのか???
そんなはずがないと奥に行くとサービスカウンターがあった。
「TheBusのマンスリー・パスがあるか。」と聞くと、「はい、US$50」と返答してきた。
VISAカードを出すと、現金のみと言われ、貴重なUS$現金で支払い、パスを受取った。
   TheBusのマンスリー・パス(Monthly Pass)


先ほどの日本人夫婦が来られていたので、サービスカウンターでシニア・マンスリー・パスが有るか聞いて見た、やはり無かった。
私の買ったマンスリー・パスを見せると、旦那さんがこれでも良いではないかと奥さんに言っていた。
シニア・マンスリー・パスは、65歳以上の人が対象で、US$5だと言われていた。US$5とは安い。

《後日談、シニア・マンスリー・パスは、パスポートを提示しTheBus Senior CardをUS$10で作り、そしてMonthly Pass StickerをUS$5で購入する必要がある。 私の英訳では、以上が正解だろう。詳しくはTheBusホームページを参照下さい。》

折角なのでFoodlandで買出しする事にし、日本人夫婦と別れた。
去年のプーケット滞在時に、朝食はサンドイッチにしていた。食パンにハムや焼き豚を挟む簡単なサンドイッチであった。
今回も朝食は、サンドイッチにしょうとFoodlandを見て歩いた。
パンはさすがアメリカ、ハンバーガー用パンが主流である。8個入りのハンバーガー用パンUS$2.61(241円)を買った。
ハムは、スライスしたハムをパックした物US$4.81(444円)を買い、レタスの様な物が欲しかったので野菜売場に行った。
袋入りのカット野菜があった、サラダ用だと思う。カット野菜US$2.4(221円)であった。
後は、マスタードUS$2.5(231円)とマヨネーズUS$4.18(386円)を買った。
ハンバーガー用食材 締めてUS$16.49(1,523円)。
ビーチサンダルUS$3.13(289円)も購入した。

アラモアナS.C.のフードコートに行った。座席数1500席を囲む様にハワイ料理や各国の料理店が並ぶ。
「浪速屋 ラーメン」と言う店があり、冷やし中華US$9.16(846円)を食べた。量の多さに驚いた、日本の1.5倍、タイランドでの2倍の量はある!!!
味は日本のラーメンで、決してラーメンもどきではない、美味しかった。

帰りは、早速TheBusに乗る事にして、バス停を探した。
案内板を見ると、ショップやレストランのあるセンター建物横の海側、山側に2階建て駐車場があり、それをぬけた所の道路沿いにTheBusのバス停がある。
ワイキキ行きバスは、山側の駐車場をぬけた所にあった。各方面別にバス停があり、Route 8、Route 19、Route 20の表示のあるバス停でバスを待った。
バスの乗車口に行き先が表示されており、「Waikiki」と表示されたバスに乗った。
20分ほどでクヒオ通りの一番奥のバス停に着き、下車した。ここがホテルに最も近い。

20時にホテルに戻った。
冷蔵庫が無いので、昨日買った缶ビールが冷えていない。
冷蔵庫の代わりに、アイスボックスがあったので、1階の駐車場に置かれている製氷機から氷を取って来た。
アイスボックスには、缶ビール2缶が入った。
インターネットをして30分ほどが過ぎ、缶ビールの冷え具合を確認すると、きんきんに冷えていた。
冷蔵庫よりも早く冷える。これは新しい発見であった。
先ほどスーパーマーケットで買ったハンバーガー用食品で冷蔵庫に入れた方が良いのはカット野菜ぐらいだろう。
これは、冷蔵庫無しでもいける。

時差ぼけ解消の為、眠いが24時ごろまで起きていた。
しかし、いざ寝ようとしても、うつらうつらするだけで眠れない。
とうとう2時に起き、ベッドで小説を読んだ。
寒い、ここは、ハワイか!! 毛布をかけていないと寒い。
5時(日本時間24時)にやっと眠れそうになり、目覚ましをセットして寝た。

2月03日 ワイキキ 3日目
8時に目覚ましが鳴り、起きた。 曇り
モーニングコーヒーが付いているので2階のカフェに行った。
奥のテーブルには、10人ほどのアメリカ人?が談笑しながらコーヒーを飲んでいた。
カウンターにコーヒーポット、砂糖&粉ミルク、発泡スティロール製カップが置かれていた。
コーヒーをカップに入れ部屋に戻った。
丸いパンに、ハムとミックス野菜を載せマヨネーズとマスタードを掛け、上のパンを載せて挟むとハンバーガーが完成である。
マスタードの味が勝っている、美味い。

昨夜、読み出した小説が面白くて12時ごろまで読む。
朝に続き、また、ハンバーガーを作って食べた後、アラモアナS.C.(アラモアナ・ショッピング・センター)に行く為ホテルを出た。
150mほど離れたクヒオ通りのバス停でTheBus(市バス)を待った。Route8のバスが来た、マンスリー・パスを見せ乗り込んだ。
クヒオ通りのバス停では、大勢の人が乗ってくる。US$1札を2枚を通し、25セント硬貨を入れると運転手が乗継券を呉れる。
これを繰り返す、時々、行き先確認やここで降ろしてくれ等があり、乗車に時間が掛かる。
30分ほどでアラモアナS.C.海側駐車場横のアラモアナ・ブルーバード通りのバス停に着いた。
バス停の駐車場側にトロリーが止まっていた、トロリー発着所でもあった。
駐車場を抜けショッピング街へ行くとカレーハウスCoCo壱番屋があった。夕食はここで決まりである。
CoCo壱番屋横からショピング街に入ると、そこは昨日冷やし中華を食べたフードコートであった。
フードコートを通り抜け、舞台のある広場に出た、そこから2階に上がった。
2階は、雰囲気の良いオープンエアのショッピング街であった。それに比べ、1階は2階立て駐車場の1階から入るので、暗く地下街の様である。

10数年前にもアラモアナS.C.に来ているが、まったく記憶がない。
ただ、チョコレートの美味しい店があるとの事で行き、土産に薦められ、買って帰った事を思い出す。

案内板でShirokiya(白木屋)を調べて向かった。
Book offがShirokiya(白木屋)にある事をインターネットで調べていた。
また出掛ける前に「日本の薬、ワイキキ」でインターネット検索したら白木屋に行き着いたからだ。
Book offに文庫本が定価の7割程度であった。US$1の文庫本コーナーもあった。
日本から文庫本5冊しか持って来ていないので読み切ったら、ここに買いに来よう。
時差調整で夜中、小説を読んでいるので、すぐに読み切りそうである。
Shirokiya(白木屋)の上階に行くとお惣菜、お弁当&寿司があり、横のテーブルで食べられる様になっていた。
奥に薬屋があり、日本の薬局で売っている薬が並んでいた。
結膜下出血で白目が赤くなっているので、目薬を探したがなかった。結膜下出血は、自然に吸収するので様子を見る事にした。

アラモアナ・ビーチ・パークに行った。
アラモアナS.C.の海側にアラモアナ・ブルーバード通りを挟んでアラモアナ・ビーチパークがある。
アラモアナ・ブルーバード通りは6車線と広く、歩行者信号機が点滅していたので渡らずに待った。
歩行者信号機は手動式で押しボタンを押さなければならない。
私は普通に信号が変わるのを待った。日本と同じく自動式だと思い!!
歩行者が増えて来た、反対側にも増えて来た、しかし、一向に歩行者信号は「進め」に変わらない。
誰かが押しボタンが押しているだろうと思い、みんなが待っていた。
押しボタンが押されていないのに誰かが気付き押したが、しびれを切らし、歩行者は横断歩道を渡り始めた。私も渡った。

アラモアナ・ビーチ・パークは、海沿いに1.5km、奥行き200mの細長い公園で、遠浅のビーチや10面のテニスコートがある。
ジョギング&ウォーキング・コースがあり、刈り込まれた草or芝や大きな樹木があり緑が大変多い。
草の上を歩いた、大きな樹木の下も歩いた、樹木の名は「Banyan Tree(バンヤン・ツリー)」と書いてあった。
バイヤン・ツリーの下で昼寝している人が、ちらほら見掛けた、それはホームレスであった。ここでの野宿は、楽勝である。私もホテル住まいを止めてテント住まいにしようか!!!
ワイキキに1ヶ月滞在するので、暇つぶしにテニスをしたいと考えている。
アラモアナ・ビーチ・パークのテニスコートには壁打ちがあるとの事で、1人の私が相手が見付かる可能性が最も高いテニスコートである。
さっそく、山側にある壁打ちを覗いてみた。
   壁打ち


現在、14時過ぎ、山側のテニスコ−ト5面は、まだ空いている。
マッコイパビリオンというのがあり、それを挟んで海側にテニスコ−ト5面があり行って見た。
やはり、まだ暑いのでテニスコートには、人が少なかった。
私設スクールをしている様だ。
山側よりは、レベルが上である。

テニスコートから道路兼駐車場を挟んでジョギング&ウォーキング・コース(遊歩道)があり、その向こうがビーチになっている。
遊歩道のベンチに座り、ビーチを見ると遠浅の海でサーフィンボード上に立ち、オールで漕いでいる。その様な人が2〜3人いる、いったい何をしているのか?
ベンチで小説を読み、疲れたら、ぼけっと海を見た。

アラモアナ・ビーチ・パークのワイキキ寄りに、海に突き出たマジック・アイランドがあり、行って見た。
こちらの方も緑が多く、ウォーキングしている人も多かった。
ダイヤモンドヘッドがワイキキビーチ越しに美しく見えた。また、反対側のパールハーバー方面も良く見える。
   マジック・アイランドより  写真拡大


アラモアナS.C.に戻り、カレーハウスCoCo壱番屋に行った。
カウンター席に入って行こうとすると止められた、前払い制で、レジでカツカレーと日本語で注文すると「ポークか?」と聞かれ、「豚カツに決まっているがな!」と突っ込みそうになったが「Yes」と言って、料金US$6.75(623円)を払ってカウンター席に座った。
レジで人が待っている、テイクアウトの方が多い様だ。フードコートのテーブルで食べるのだろう。
カツカレーが出てきた、「オー!」と声が出そうになるほど量が多っかた。皿から溢れそうなカレーの上に、とんかつが載っていた。
カレーの味は、日本のCoCo壱番屋と同じだろう、一時期、CoCo壱番屋を良く利用したので?
やはり少し残した、それでも良く食べた方だ。ビールを飲みながらであれば半分は残したかも知れない。

TheBus(市バス)でワイキキに帰った。
ホテルへの帰りにABCストアでバドワイザー缶ビール6缶US$7.89(728円)を買って、18時ごろホテルに戻った。
缶ビール・バドワイザーを飲みながら、インターネットで明日行く予定のダイヤモンド・ヘッドを調べたり、テレビで日本語放送を見たりして過ごす。
1時間ほど寝て、23時ごろに目覚めた。
それから眠れず、朝方、4時ごろまで小説を読む。
 

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